大人になってから出身高校を聞かれることはない

 こんにちは! にこにこ税理士受験生です!

 私は平成3年生まれの34歳(男)です。

 出身は愛知県名古屋市で、小、中、高を名古屋市内の公立の学校に通学し、北陸の地方国立大学を卒業しました。

 資格試験や高校受験などに関するブログを書いています。

 今回は、中学校の内申点にスポットを充ててみようと思います!

 最初に、こんなことを言ってしまってはいけないかもしれませんが、34歳の私から中学生へお伝えしたいことがあります。

 それは、「大人になってから出身高校を聞かれることはまずない」ということです!

 なぜなら高校というのはかなりローカルなもので、その県に住んでいる人くらいにしかわからないものだからです。

 灘高校とか超有名私学は別にしても、公立高校の学校名やその偏差値などは一歩県外に出てしまえばほとんどの人はわかりません

 もし聞かれるとしたら「出身大学」です!

 どんな高校にいっていようが、社会に出てもし聞かれるとしたらせいぜい大学名くらいです。

 それも大学名で評価が分かれるのは、大学卒業後の就職活動のときや20代で転職活動をするときくらいなものです。

 働き始めてしまえば出身大学名もほぼ関係ありません。

 中学生のころは、中学生活や高校受験が全世界になりがちであることは当然です。

 でも、もし内申点で悩んでいるのだとしたら、その悩みを抱えていること自体がもったいないと思うのです。

 内申点のせいで志望校に合格できなくてもたいした差はない

 中学生のころは、第一志望は○○高校! 絶対合格して行きたい!

 というふうに思い焦がれることもありますよね。

 全国模試などで実力は十分にあるけれど内申点が足りなくて、という中学生はほんとうに多いと思います。

 ですが、内申点がプラスマイナス5程度であれば、公立高校の生徒なんぞ正直どんぐりのせいくらべです。

 入学してからいくらでも他校の生徒の学力を追い抜くことはできます!

 ただ、中学の内申点がプラスマイナス6以上異なる、というのは、入学する公立高校の受験対策やクラスメイトの環境などによって、他校の生徒の学力に追いつくことは現実問題として難しくなる可能性があります。

 でもおそらく、内申点が6以上異なるふたりの中学生がいたとしたなら、その差はシンプルに定期試験の得点が大きく異なるだけであることだと思われます。

 一方、「定期テストも高得点で課題もしっかりやっているのに内申点が低い! 先生の評価が不当だ!」というふうに感じている中学生もいると思います。

 しかしながら、みなさんには内申点による差は、不満に思うほどの価値はないということをちょっとばかり知っておいてほしいです。

 みなさんには基礎学力に余裕をもって入学した高校で、順風満帆な青春時代を送ってほしいと願っています。

 内申点は上げようと思って上がるものではない

 定期試験の点数は、試験対策をしっかりとすれば上がります。

 通常は、それで内申点も上がるはずです。

 副教科も含めて、定期試験の点数にまだ伸びしろがあるのであれば、定期試験で高得点をとるのが近道です。

 高得点をとっているのに、内申点が変わらないのであれば、できることはせいぜい課題や提出物や授業中の発言、授業後に先生に質問しにいく、といったことだと思われます。

 しかしおそらく、努力しても内申点に変化が起きない場合もあると思います。

 なぜ内申点が高かったのか

 実は、私は中学時代、内申点が高かったです。

 中学1年生の頃はだいたい内申点は38くらいでした。

 中学2年生の夏に近所の塾に行き始めてから卒業するまでは、内申点は42点~44点を維持していました

 ちなみにオール5になったことはないです。

 私は6歳から中学3年の12月になるまで超スパルタサッカークラブに所属していました。

 週5日~6日の放課後はすべてサッカーをしており、週1回2時間だけ塾に行くという状況でした。

 勉強については苦に思ったことがありませんでした。

 平日サッカーから帰宅して夜10時から1時間だけ勉強をして寝るという修行僧のような生活を疑問にも思わず繰り返していたんですよね。

 定期試験では、1学年270人中上位20位以内にはいつもランクインしていました。

 学年1位をとったこともありましたが、成績がいいほうというだけで不動の一位といった生徒ではありませんでした。

 ですから、ではその上位20位以内の全員が内申点42とか44とかあったのだろうかと考えると、きっとそんなことはなかったと思うんです。

 当時の私は、サッカーに忙しくて中学3年生になっても高校受験の制度を分かっておらず、そもそも内申点が受験に影響することも理解していませんでした。

 私は、「定期試験があるから勉強はしておこう」と思って、塾の先生から渡された宿題をせっせとこなしていただけでした。

 「成績を上げたい」とか、ましてや「内申点をあげたい」とすら考えていませんでした。

 ほんとうに、イヤミに聞こえては申し訳ないのですが、私としては「ふつうにしていただけ」で、特別に勉強を頑張った記憶はありません。

 いま中学生時代を振り返ってみて、私が定期試験の成績に比して内申点が高かったのは、おそらく次の2点にあると思います。

 1 先生と距離感が近かったこと。

 2 各科目が好きだったこと。

 先生と距離感が近かった

 私は、中学1年生から中学3年生まで毎年継続して学級委員でした。

 私は、中学1年生の始業式で新入生代表あいさつをしました。

 3つの小学校から生徒が集まってくる中学校でしたので、4月の段階で「だれが優等生っぽいのか」みんなわからなかったと思います。

 そんななかクラスに代表あいさつをした奴がいれば、とりあえず学級委員になってもらおうという流れにならざるを得ず、先生の推薦もあってしょうがなく学級委員を務めました。

 しかしその後、クラス替えがあってもイメージはくつがえせずに3年継続して学級委員をやっていました。

 ちなみに、生徒会はやっていません。

 担任の先生からは、ときどきクラスの様子などで気になることなど聞かれて自分なりに思うことを答えたりしていました。

 クラスメイトと先生とのパイプ役みたいなものですね。

 それと、私は「学校の先生」という人たちが基本的に好きでした。

 日常生活のなかで自分と最も近いところにいる大人であり、その教科の専任であることから自分よりもずっと知識がある人なわけです。

 私は彼ら「学校の先生」がどんな人たちで日々どんなふうに過ごしているのか興味がありました。

 クラスメイトとそれなりに仲良くしていたとは思いますが、それでもクラスメイトよりも「学校の先生」たちのほうが私の話をよく聞いてくれることも多かったです。

 私は、勉強の質問などで職員室に入ったことは3年間で一度もありませんでした。

 でも、休み時間や放課後など友達のように先生に話しかけて雑談をよくしていました

 教科担任でない先生とも廊下でしゃべったりしていましたね。

 ごますりしていたわけじゃないです!

 私は、内申点は定期試験の点で決まっていると信じていましたし、先生たちは生徒の態度などをみてなにかしら評価しているとは想像もしていませんでした。

 私にとって「学校の先生」は「評価者」ではなく「理解のある大人のともだち」だったんです。

 こんなかんじで、思い返せば、私は先生たちにとってかなり距離感の近い生徒であったことは間違いないと思います。

 各科目が好きだった

 私は、勉強そのものが嫌いではありませんでした。

 実は社会人になったいまも同じですが、「先生が前で授業をして、教科書などを使って新しい知識を得ていく」という学習スタイルが好きです。

 中学生のころ、授業を聞くのは楽しかったです。 

 主要教科も副教科も、どの授業も好きでした。

 歴史の授業があれば、気になった人物や言葉について先生にしゃべりかけることもあったと思いますし、「こんな本が面白かったよ」と国語の先生に内容を伝えたりしたこともあったと思います。

 先生は「大人のともだち」でしたからね!笑

 それから、わたしはリコーダーも好きで音楽の授業も楽しかったです。

 カラオケも大好きだったので歌を歌うのも楽しかった。楽譜を見ているのも好きでした笑

 図画工作や絵をかくことも好きでしたから、美術の時間は楽しかったです。

 また、サッカークラブで鍛えられていたので、体育も得意なほうでした。

 いまとなっては信じられませんが、要するに中学生のときの私は、ほぼすべての科目に興味関心があったんです。

 そして授業を受けて思ったこと感じたことやってみたいことなどを、クラスメイトや先生としゃべったりしていたのです。

 おそらく、授業を楽しく聞いていていろんなことが好きだったので、先生たちの目には「あいつは主体的に取り組んでいる」というふうに映っていたのだろうと思います。

 それが結果的に内申点に反映されていたのだろうと、いまとなってはそう思います。

 ちなみに、内申点の話となると「提出物が~」とか「課題が~」とか「小テストが~」とかの出来栄えが話題になりますよね。

 実は、私は宿題や小テストなどの記憶がぜんぜんないんです。

 たぶん、まったく負担に感じていなかったんだと思います。

 課題や小テストや発表などにきちんと取り組むことは当たり前すぎて「頑張る」レベルのものではなかったのだと思います。

 夏休みの宿題もほとんど記憶にないです。

 記憶にあるのは絵の課題くらいで、けっこう悩んで描きました。

 悩んだせいか、これだけはいまでもどんな絵を描いたのかよく覚えています。

 数学とか英語とかきっと宿題があったのでしょうけれど、それらの記憶は一切ないので、きっと苦にも思わず1週間くらいで終わっていたのだと思います。

 内申点制度は学生時代で最も客観的でない評価方法

 私が思うに、試験の結果と同様に高い内申点をもらっている生徒は、もはや「がんばって内申点を上げている」わけではないです。

 定期試験で高得点をとったり課題などをきちんとこなすのは当然であることとして、「ごくふつうに」学校生活を送っているだけであると思われます。

 つまり、純粋な学力を除いたところの内申点の評価は、その生徒の気質・性格・学校での立ち位置などにかなり影響されているものと考えます。

 担当の先生が替わったら、評価がかわって内申点があがる可能性もあるとは思います。

 でも、試験以外の部分で、自分の努力でどうにかして内申点を上げることは至難のわざです。

 社会人の私からすると、これら内申点制度は、まるで会社員の人事評価制度のようです。

 会社もいろいろなので一概にはいえませんが、基本的には会社という組織や直属の上司にあたる人が従業員の仕事ぶりを評価します。

 営業職であれば業績が数字となって現れてきますが、業績がよくても全体的な評価は「ふつう」と付けられることもよくある話です。

 「おれのほうが業績がいいのになんであいつが昇格なんだ」とか、そんな話はごまんとあります。

 「新しい上司が来たとたんに自分の評価がかなりあがった!」 ということも会社員あるあるです。

 つまり、社会人になって働くようになったときの人事評価制度に似たものを、内申点制度として中学校でも採用しているように思えるのです。

 内申点制度は、人物評価的な側面があるわけです。

 これを社会勉強ということもできますが、私は10代のうちは少なくとも試験の点数でこれまでの努力を客観的に評価してあげられればそれで充分なのではないかと考えます。

 努力でどうにもならない部分のある内申点制度は、中学生にとっては酷だと感じます。

 まとめ

 どうでしょうか。

 厳しいことも言ってしまいましたが、内申点は基本ベースは定期試験の点数で決まるのは間違いありません。

 ですから、内申点をあげるためにはまず、なによりも定期試験で高得点をとることです!

 そして、もう十分に高得点である場合に、ほかにできることは、

学校の授業科目を好きでいること

学校の先生を「ともだち」と考えて気さくに雑談をすること

 です!

 ごますりをしろといっているのではありません。

 先生と仲良くするのが「ごますりをしている」と思っているのであれば、あなたにはおそらくもう手立てはありません。

 内申点がそれ相応に高い生徒は、学校が「ホーム」で先生は「ともだち」であることを当たり前に感じているんです。

 彼らの大半は、「居眠りしたら先生からやる気がないと思われる」とか「学級委員をやったら評価が上がる」とか、

 そんなふうに「自分」VS「学校・先生」といった構図で学校生活を送っているわけではないでしょう。

 内申点制度は、人物評価に近いところがあります。

 したがって、努力で上げるには限界があります

 もし、いろいろ試みてどうしようもないときは、自分に無理強いせずに、ありのままの自分を大切にしてほしいと思います。

 実力はあるのに内申点が低いと感じる場合の内申点の差は、中学生であるあなたの将来に大きな影響を与えることはほぼないです。

 せっかくの学校生活を内申点というはっきりしないもののために悩んでほしくないと願っています。

 高校受験の当日において、高得点をたたき出せるように勉強をこつこつと頑張っていきましょう!

 中学までの勉強をしっかりと固めた人は、高校生活でも余裕をもって楽しく過ごせると思います。

 さきに、さきに進んでいきましょうね。

 【関連記事】

高校受験の志望校は背伸びしなくていい①

高校受験の志望校は背伸びしなくていい②

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投稿者

管理人はとちゃん

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)